保険代理店の生成AI活用|商品説明と募集文書は触らせない。効くのは「記録」です
保険代理店の経営者からご相談をいただくとき、最初に期待値の話をしています。生成AIを入れて新規の契約件数が増えることはありません。継続率も、乗合各社からの手数料の水準も、これで変わるものではないと考えています。紹介の連鎖と、お客様との年単位の関係で決まる構造は、そのままです。
それでも保険代理店は、生成AIの効き方が業種の中でもかなりはっきりしている業界だと思っています。理由は単純で、この業界は「面談すること」より「面談したことを書き残すこと」に時間を取られているからです。ここから先は、使わない範囲を先に固定したうえで、残りをどう使うかという順番で書きます。
この記事は保険代理店(乗合・専属を含む)の実務を前提にしています。書く仕事そのものの効率化は生成AIで議事録を作る手順、社内ルールの作り方はAI利用規程の作り方にまとめました。
先に固定する。生成AIに触らせない3つ
保険は、お客様に伝える内容そのものが規制の対象になる商材です。ですので、便利な使い方を探す前に「ここには使わない」を3つ決めてしまうのが早いです。順番を逆にすると、必ずどこかで事故ります。
① 商品の補償内容・保障範囲・保険料の説明
ここが最大の落とし穴です。正しいのは、約款とパンフレットと設計書です。生成AIは御社が扱っている保険会社の約款を見ていませんし、改定履歴も知りません。それなのに、聞けば「一般的にはこうです」という、もっともらしい補償内容を書いてきます。
これは嘘をついているというより、世の中の平均的な説明を再現しているだけです。しかし保険は、同じ「入院」でも支払事由の定義が会社ごと・商品ごとに違います。平均の説明は、目の前の商品の説明にはなりません。給付の可否に関わる話をAIの文章で確認するのは、やめたほうがいいです。
② お客様に渡す募集文書・比較の表現
保険の募集に使う資料は、保険業法などの規制があり、実務上は保険会社の所定の手続を経た募集資料を使う運用になっているはずです。生成AIに作らせた説明文をそのままお客様にお渡しする、という使い方は想定されていません。
とくに複数社を扱う代理店で気をつけたいのが、比較の表現です。生成AIは頼めば比較表を作りますが、その表の作り方自体が募集における表示の問題になり得ます。社内の理解のために整理するのと、お客様に渡すのは、まったく別の行為として扱ってください。この線引きは、御社の所属先や所管の窓口の考え方を必ず確認したうえで決めるべき領域です。
③ 告知内容・健康状態・お客様の個人情報
病歴や既往症、通院の状況は、個人情報の中でもとくに慎重な取扱いが求められる情報です。面談メモに書いてある健康状態を、そのまま生成AIに貼り付けない。ここは例外を作らないほうがいいです。
実務では「名前だけ消せばいい」と考えがちですが、氏名を消しても、生年月日・勤務先・家族構成・証券番号が揃えば個人は特定され得ます。消すのは名前ではなく、その4点だと覚えていただくと運用しやすいです。
では、どこに効くのか。4つです
固定するものを固定すると、残った領域はかなりはっきりします。共通しているのは、すべて「お客様に渡す前の、社内の文章」だという点です。
| 使いどころ | やること | 戻る時間の性質 |
|---|---|---|
| 面談記録・応対履歴の整形 | 手元の走り書きを、所定の項目に並べ替える | 面談1件あたりの「あとで書く」時間 |
| 満期・更新のご案内の下書き | 承認済みの文面をもとに、伝え方の骨格を作る | 案内シーズンにまとめて発生する時間 |
| ロープレの想定問答 | 断り文句や想定される質問を並べて、社内練習の台本を作る | 教育担当が資料を作る時間 |
| 募集人の求人原稿 | 仕事の中身を、経験者にも未経験者にも伝わる言葉にする | 採用のたびに毎回ゼロから書く時間 |
芯はひとつめ。記録は「書く」より「整える」
4つのうち、圧倒的に効くのは面談記録です。この業界では、意向の把握と確認、説明した内容、お客様の反応を記録として残す作業が年々重くなっています。1件の面談が1時間で終わっても、そのあと記録に20分、30分かかるという話は、規模を問わずよく伺います。
ここで大事なのは、生成AIに記録をゼロから書かせないことです。書かせると、話していないことを補って書きます。正しい使い方は逆で、面談中に取った雑なメモを渡して、所定の項目の順番に並べ替えさせる。足りない項目は「メモに記載なし」と出させる。ここが空欄で返ってくること自体が、その場で聞き漏らした項目の発見になります。
そして、並べ替えた文章は、面談した本人が読んでから確定させる。記録の内容に責任を持つのは、あくまで担当した募集人です。この一手を省いた瞬間に、この使い方は危険なものに変わります。
教える順番を間違えると、代理店では止まります
保険代理店の導入がうまくいかない原因は、ほぼ順番です。募集人は日中お客様のところにいて、事務所の席にいません。最初に外回りの募集人へ配ると、触られないまま数か月が過ぎます。
| 順番 | 対象 | 渡す用途 |
|---|---|---|
| 1(最初の2週間) | 内勤の事務担当 | 案内文の下書き、社内資料の整形。ひとりで試して、うまくいった頼み方をメモする |
| 2 | 拠点長・教育担当 | ロープレ台本、朝礼資料、求人原稿。人に配る前提の文章から |
| 3 | 外回りの募集人 | 面談記録の整形だけに絞る。スマホで完結する形で渡す |
3の段階で用途を1つに絞るのは、あえてです。できることを全部教えると、募集人は何ひとつ使いません。「面談のあと、車の中でメモを読ませて記録の形に直す」。これだけを覚えてもらえば、その日から時間が戻ります。うまくいった頼み方は、1と2の段階で先に貯まっているので、それを1枚にして配ります。
1枚貼るだけで、事故はかなり防げます
ルールは長い文章にすると読まれません。事務所と各拠点に貼る紙は、次の内容が入っていれば足ります。
- 入れない情報:お客様の氏名・生年月日・住所・連絡先、証券番号、健康状態と告知に関する内容、家族構成、勤務先
- 使わない用途:商品の補償内容や保険料の確認、お客様にそのまま渡す文書の作成、他社商品との比較資料の作成
- 必ずやること:出てきた文章は担当者が読んでから使う。数字と事実は原本で確認する
- 迷ったとき:使わずに、コンプライアンス担当に聞く
この4行を、実際に働く場所に物理的に貼ってください。共有フォルダのPDFは開かれません。規程そのものの作り方はAI利用規程の作り方に、情報の扱いで論点になりやすい部分は士業事務所の生成AI活用で整理しています。守秘性の高い情報を扱う業種として、考え方は近いです。
正直に申し上げておきたいこと
研修をご提供している立場で書きにくいことですが、先にお伝えしておきます。
- 契約件数は増えません。 記録が速く整うことと、契約が取れることは別の話です。空いた時間を面談に回して初めて、件数に効く可能性が出てきます
- 継続率も直接は変わりません。 更新案内の文面が良くなっても、それだけで解約が止まるわけではないと考えています
- 面談そのものは1分も速くなりません。 縮むのは前後の「書く時間」だけです。ここを混同した提案には気をつけてください
- 研修が要らない会社もあります。 内勤の事務担当が2週間さわって、うまくいった頼み方を社内に配れる代理店なら、それで十分な水準まで行きます
私たちが研修としてお引き受けする価値があるのは、使ってはいけない範囲を業務に即して線引きする部分と、募集人が現場で覚えられる形にまで用途を削る部分だと思っています。ツールの操作を教える研修であれば、社内の詳しい方がやったほうが早いです。
なお、社員研修の費用については、要件を満たす場合に助成金の対象になることがあります。ただし制度は改正や運用の変更があり、申請しても受給や採択が確約されるものではありません。実際に使えるかどうかは、着手前に所管の窓口でご確認ください。
まとめ
保険代理店で先に固定すべきは3つです。商品の補償内容と保険料の説明、お客様に渡す募集文書と比較の表現、告知や健康状態を含むお客様の情報。この3つを外したうえで残るのが、面談記録の整形、満期・更新案内の下書き、ロープレの想定問答、募集人の求人原稿の4つです。
芯は面談記録です。ゼロから書かせず、雑なメモを所定の項目に並べ替えさせて、書いた本人が読んでから確定する。教える順番は内勤事務 → 拠点長・教育担当 → 外回りの募集人で、募集人には用途を1つに絞ってスマホで渡すこと。
御社で、いま誰の何時間が「面談のあとに書く仕事」へ消えているかを伺えれば、どこから始めるべきかはその場で整理できます。まずは無料の診断からどうぞ。
※本記事は一般的な実務の整理であり、記載した内容や制度の適用を保証するものではありません。保険募集に関する表示・比較・募集資料の取扱いは保険業法その他の法令および所属保険会社の定めによるものであり、個別の可否は所管の窓口・所属保険会社・所属団体・顧問の専門家にご確認ください。個人情報および要配慮個人情報の取扱いについても同様です。助成金の要件は制度改正や運用の変更により変わることがあり、申請しても受給や採択が確約されるものではありません。