研修の教材は、終わったあと社内で使い回せるか
見積を受け取り、あとは社内の決裁に回すだけ。この段階のお客様から、ときどきこう聞かれます。「当日のスライドは、あとで社内に配ってもいいんですか」。いい質問です。そして、聞かれない会社のほうが多い質問でもあります。
研修の発注で交渉できるのは、金額と日程だけではありません。教材をどこまで使ってよいか、モデルが変わったときに直してもらえるか、その日に出られなかった人はもう一度受けられるか。この3つは、契約の前なら決められます。終わってからでは、ほぼ決められません。研修が終わった時点で講師の稼働は終わっており、あとから条件を足すのは新しい発注になるためです。
先に、当社にとって都合の悪いことを書きます。教材の扱いを何も決めずに発注すると、多くの場合「当日その場で使うだけ」という一番狭い条件になります。研修会社が意地悪をしているわけではありません。書いていないものは含まれていない、というだけです。この記事は、その3項目の中身と、見積書・契約書に何行入れておけばよいかの整理です。
1|「教材をもらえるか」ではなく、何をしてよいかを決める
最初に、質問の形を変えてください。「教材はもらえますか」では、答えが「PDFをお渡しします」で終わってしまいます。受け取ったあとに何をしてよいのかが決まっていないと、もらっても使えません。
実務で問題になるのは、次の5つの行為です。同じ「使い回す」に見えて、性質が違います。
- 受講者が手元に置いて見返す。ほぼ揉めません。多くの研修で当然に含まれます。
- 受講していない社員に配る。ここから条件が分かれます。部数と範囲の話になります。
- 社内のイントラや共有ドライブに置いて、誰でも見られるようにする。配布より一段広い行為です。
- 自社向けに書き換える。自社の業務例に差し替える、章を抜き出して社内資料に組み込む。改変にあたります。
- 自社の講師が、この教材を使って社内で教える。いわゆる社内展開です。研修会社にとっては最も影響が大きい使い方です。
制度の側を、一般論として押さえておきます。著作権法は、著作物を複製する権利を第21条、公衆送信を行う権利を第23条、翻訳・翻案などを行う権利を第27条に定めており、これらは原則として著作権者が持ちます。第30条第1項は私的使用のための複製を認めていますが、企業が業務のために行う複製は、この私的使用の範囲には当たらないと一般に解されています。つまり、社内配布であっても「身内だから自由」にはなりません。
あわせて、譲渡についての実務的な落とし穴を1つ。著作権法第61条第2項は、著作権を譲渡する契約で第27条・第28条の権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は譲渡した者に留保されたものと推定すると定めています。「著作権を譲渡する」とだけ書いた契約では、書き換える権利が付いてこないと推定される、という構造です。さらに著作者人格権は第59条により著作者の一身に専属し、譲渡できません。同一性保持権(第20条)が関わる改変は、譲渡とは別に取り決めが要ります。
ここで断っておきます。実際に何ができるかは、最終的に当事者間の契約でどう書いたかで決まります。上記は法律が置いている原則の説明であり、個別の研修が該当するかどうかの判定ではありません。契約文言の可否は、必ず自社の法務または弁護士にご確認ください。当社は法律事務を行いません。生成AIそのものの入力・出力に関する著作権の論点は生成AIと著作権|法人が業務で使う前に押さえる「入力」と「出力」のリスクと社内ルールに整理しています。
2|発注の前に決める3項目
当社がお客様と最初の打ち合わせで必ず確認するのは、次の3つです。どれも金額に影響しますが、聞くだけならただです。
(1) 教材の持ち帰りと、社内での再配布
まず範囲を決めます。「受講者のみ」か「受講者の部署まで」か「全社」か。この3段階のどこかです。次に形式を決めます。PDFのみか、編集できるファイル(PowerPointなど)も含むか。編集できる形で渡すかどうかは、研修会社にとって(4)の改変と地続きなので、価格が変わることがあります。
そして、期間です。無期限か、1年か、契約期間中か。ここを空欄のままにすると、あとで「いつまで置いていいのか」が誰にも分からなくなります。期間を決めておくと、社内の情報資産の棚卸しがしやすくなります。研修が終わったあとに残るものの片付け方は研修が終わったあと、アカウントは誰が止めるか|退職・異動で残るアカウントと、棚卸の回し方にも書きました。教材もアカウントと同じで、残したまま放置されます。
(2) モデルが変わったとき、改訂されるのか
これは生成AI研修に固有の、そして最も見落とされる項目です。研修の教材は、半年で古くなります。画面の位置が変わる、機能名が変わる、できなかったことができるようになる。受講者が半年後に教材を開いて、書いてある画面が存在しないという事態が普通に起こります。
ですから、決めるのは次の3点です。改訂を出すのか。出すなら頻度と回数は。改訂版は誰に届くのか。「1年間、変更があれば改訂版をお送りする」と1行あるだけで、教材の寿命が変わります。改訂が付かない契約であれば、それを承知の上で「その代わり安い」と判断すればよい。判断するために、聞いておく必要があります。
この「更新」は、研修を内製するか外注するかの分かれ目でもあります。講師と教材は社内で用意できても、更新まで社内で続けられる会社は少ない。判定の考え方は生成AI研修を社内で作るか、外に頼むか|講師・教材・更新の3つに分けると、内製できる範囲が見えるに整理しました。外注すると決めた場合でも、更新を誰が持つかは自動的には決まりません。そこがこの記事の主題です。
(3) 欠席者と中途入社者の、再受講
3つ目は人の話です。研修当日、必ず何人か欠けます。出張、客先対応、体調。そして半年後には、その日にいなかった人が入社してきます。
決めることは3つです。録画を配信できるか。次回の回に空き枠で入れてもらえるか。少人数の追加開催はいくらか。ここを決めていない会社では、欠席者が「教材だけもらって終わり」になります。当社の実感では、教材だけ渡された人が自力で追いつく例は多くありません。演習の時間があってこそ身につく設計になっているためです。
なお、全員に受けさせるか選抜にするかで、この項目の重さが変わります。全員必須にするなら再受講の経路は必ず要ります。絞るなら、絞った理由を残しておくほうが後で楽です。考え方は生成AI研修は全員に受けさせるか、選抜にするか|広げると薄まり、絞ると戻ってこないに書きました。
3|条件は4つの形に分かれ、価格も変わる
教材の扱いは、実務ではおおむね次の4段階のどこかに落ち着きます。上から下へ行くほど自社の自由度は上がり、金額も上がります。
| 形 | できること | 研修会社側の事情と、金額の動き |
|---|---|---|
| ①当日利用のみ | その場で使う。受講者が手元に控えを持つところまで | 標準。取り決めが無い場合、事実上ここになりやすい。追加費用は生じない |
| ②社内再配布可 | 受講しなかった社員にも配れる。範囲・期間を明記する | 受講者数が実質的に増える。人数課金の研修では単価に反映されることがある |
| ③改変可 | 自社の業務例に差し替える、章を抜いて社内資料に組み込む | 改変後の内容に講師名が残ると品質の責任が曖昧になるため、出所表示や名義の扱いを併せて決める |
| ④社内講師による展開可 | 自社の担当者が、この教材で社内に教える | 研修会社の次回受注が減る。ライセンス料や、講師養成を別発注にする形が一般的 |
ここで大事なのは、④まで取る必要がある会社は多くないということです。社内講師を立てるには、教材の権利より先に「教える人の時間」が要ります。まず②を確保し、(2)の改訂を1年付ける。これだけで、たいていの会社は次の1年を回せます。
そして、この4段階は見積の内訳とも連動します。教材費が講師料と分かれて書かれているか、一式なのか。相見積が比べられない理由の1つがここです。読み分け方は生成AI研修の相見積が比べられないのは、何を数えているからか|講師料・教材費・運営費の分け方にまとめました。
4|書面に入れるのは、この5行で足ります
難しい条項は要りません。当社がお客様に「これだけ入れてください」とお伝えしているのは次の5行です。長い契約書を作るより、見積書の備考欄にこの5行が入っているほうが実務では効きます。
- 教材の利用範囲。「受講者および〇〇部に限る」「貴社従業員に限る」など、対象を人で書く。グループ会社や委託先を含めるかどうかも、含めるなら明記する。
- 形式と期間。「PDFで提供、貴社イントラへの掲載可、期間は納品から〇年」。編集可能ファイルを含めるなら、その旨も書く。
- 改訂。「納品から〇年間、内容に重要な変更が生じた場合は改訂版を提供する」。頻度を約束できないなら「重要な変更が生じた場合」でよい。
- 改変の可否と、その場合の名義。「貴社内での改変可。ただし改変後の資料に当社名および講師名を表示しない」。ここを書いておくと、双方が守りやすくなります。
- 欠席者・新入社員の扱い。「録画を〇か月間、貴社内で視聴可」「次回開催時に〇名まで無償で受講可」など、経路を1つ確保する。
助成金を使う場合は、この5行に加えて実施の記録が要ることがあります。制度によっては、実施時間・実施形態・出席の記録の取り方が定められており、教材の作り方にも影響します。助成金は要件を満たす場合に対象となることがあるもので、受給を保証するものではありません。設計にどこまで縛りが入るかは助成金を使うと、研修の中身はどこまで決められてしまうか|時間数・実施の形・記録の3つに整理しました。申請前に管轄の労働局と最新の案内をご確認ください。
5|録画は、教材とは別の論点になる
「録画を残して欠席者に見せたい」というご要望はほぼ毎回いただきます。ここで注意していただきたいのは、録画には教材以外のものが写るという点です。
- 受講者の顔と声、そして質問の内容。誰が何を分かっていなかったかが記録に残ります。人事評価と切り離すことを、事前に受講者へ伝えておくほうが質問が出ます。
- 演習で使った自社の資料。実データを演習に持ち込んでいる場合、録画にそれが残ります。持ち込みの是非そのものは演習で自社の実データを使わせてよいか|実務に近づけるほど、先に決めておくことが増えるに書きました。
- 講師の実演部分。講師が画面を操作しながら説明する箇所は、スライドより価値が高いことが多く、研修会社が最も条件を付けたがる部分です。
ですから、録画は「可・不可」の二択ではなく、どの部分を、誰が、いつまで見られるかで決めてください。当社の場合は、講義部分は残す、質疑と演習は残さない、という切り分けをご提案することが多いです。質疑を残さないほうが、当日の質問が増えるためです。
6|正直に申し上げること
- 当社は、④の社内講師展開を標準では含めていません。教材の社内再配布(②)と1年間の改訂は標準でお付けしています。④をご希望の場合は、講師養成を含む別の形でお見積りします。含めていない理由を隠さずに書けば、次の受注が減るからです。
- 「教材が全部もらえる研修」が良い研修とは限りません。資料が分厚い研修は、当日の演習が薄いことがあります。教材の量ではなく、終わったあとに受講者が自分の業務で手が動くかで選んでください。
- 改訂を約束できる範囲には限りがあります。画面や機能名の変更には追随できますが、モデルの世代が変わって研修の設計そのものが古くなる場合は、改訂ではなく作り直しになります。そのときは正直に作り直しとしてお見積りします。
- ここに書いた条文は、法律が置いている原則の説明です。個別の契約でどう扱われるかは当事者間の取り決めで決まります。契約文言の可否は自社の法務または弁護士にご確認ください。当社は法律事務を行いません。
- この整理は、当社がご相談・実施してきた範囲に基づくものです。統計調査に基づく業界標準ではありません。研修会社によって、標準で含まれる範囲は異なります。
まとめ
研修の教材を社内で使い回せるかどうかは、研修会社の親切さではなく発注の前に書いたかどうかで決まります。書いていない条件は含まれていない。それだけの話です。
交渉できるのは3項目です。教材の持ち帰りと社内再配布の範囲。モデルが変わったときの改訂。欠席者と中途入社者の再受講の経路。どれも聞くだけならただで、聞いた結果として金額が動くこともあります。動いたなら、その差額が何に対する対価かが分かる状態になります。
書面に入れるのは5行です。利用範囲、形式と期間、改訂、改変の可否と名義、欠席者と新入社員の扱い。長い契約書を作るより、見積書の備考欄にこの5行が入っているほうが実務では効きます。
そして、いちばん忘れられるのは(2)の改訂です。生成AIの教材は、放っておけば半年で使えなくなります。1回の研修を1年もたせるかどうかは、契約書のたった1行で変わります。
いまお手元の見積で、教材をどこまで使えるかを読み解きます。
他社様のものを含め、見積書と提案書を拝見して、教材の利用範囲・改訂の有無・再受講の経路が書かれているかを確認し、追記をお願いすべき項目をお返しします。助成金を使う予定がある場合は、対象になり得るかの見立てもあわせてお伝えします。ご相談だけでも承ります。
助成金が使えるか無料診断 →※本記事は、記載時点で公表されている法令および公的機関の資料に基づく一般的な整理であり、個別の事案における取扱いや適否を判定するものではありません。参照した条文は、著作権法第15条、第20条、第21条、第23条、第27条、第28条、第30条第1項、第59条および第61条第2項(e-Gov法令検索)です。実際に何ができるかは最終的に当事者間の契約の定めによって決まり、本記事は契約の有効性や個別条項の可否を判定するものではありません。契約文言については自社の法務または弁護士にご確認ください。当社は法律事務を行いません。助成金は要件を満たす場合に対象となることがあるもので、受給・採択を保証するものではありません。要件・様式・申請期限は改正されることがあるため、実施前に管轄の労働局および厚生労働省の最新の案内をご確認ください。研修会社の標準的な取扱いに関する記述は、当社がご相談・実施してきた範囲に基づく整理であり、統計調査に基づくものではありません。