DX人材の育成|「採る」が無理な会社が、社内で育てるときの順番
「DXを進めたいので、分かる人を採りたい」というご相談は、たいてい同じところで止まっています。求人票が書けないのです。
職種名は書けます。「DX推進担当」「デジタル企画」。ところが業務内容の欄で手が止まる。実際に応募者から「入社したら、まず何をしますか」と聞かれて答えられず、面接が続かない。これは採用担当の力量の問題ではありません。何を変えるかがまだ決まっていない状態で、人だけ先に採ろうとしているから書けないのです。
そしてここが分かると、次の結論も出ます。何を変えるかが決まっているなら、社内の人でも進められます。採用が難しい会社ほど、育成の順番を先に決めたほうが早いのは、そのためです。
この記事は社内で育てるときの「順番」だけに絞っています。AI人材をどの階層まで、どの到達点で育てるかという設計はAI人材育成とはに、DX研修と生成AI研修の違いはDX研修とはに、単発で終わらせない社内教育の仕組みは生成AIの社内教育に整理しています。
「採る」が難しいのは、待遇の問題ではない
採用の話から始めます。ここを飛ばすと、育成が「採用の代わりの妥協策」に見えてしまうからです。実際には、採用でも同じ壁に当たります。
- 役割が決まっていないので、求人票が書けない。 「DX人材」という言葉は、データ分析ができる人、システムを選定できる人、業務プロセスを設計できる人、社内に新しいやり方を広められる人——少なくとも4つの違う仕事を同じ名前で呼んでいます。会社ごとに指しているものが違うので、応募側も自分が該当するのか判断できません。
- 採れても、提案を判定できる人が社内にいない。 これがいちばん多い形です。入社した人が3か月後に「この業務はこう変えられます」と持ってくる。ところが受け取る側が、その変更を承認してよいかどうかを判断できない。判断できないので保留になり、保留が続くと本人は「何も決まらない会社だ」と受け取って辞めます。採用の失敗に見えますが、実際には受け入れ側の準備の問題です。
- 採用市場で競合するのが同業他社ではない。 同じ人を、事業会社の情報システム部門もITベンダーも探しています。中小企業が提示できる条件で先に決まることは、多くはありません。
3つ並べましたが、会社が動かせるのは1と2です。そして1と2が動くなら、社内の人に渡しても進みます。逆に1と2が動かないままなら、採用しても同じところで止まります。だから、育成は妥協策ではなく先にやるべきことなのです。
よくある育成計画は、順番が「難易度」で並んでいる
DX人材育成の計画を拝見すると、だいたい次の順番になっています。
| よくある順番 | 何が起きるか |
|---|---|
| 1|全社員にITリテラシー研修 | 全員が対象なので、終わったあと誰の担当にもならない。「受けた」という記録だけが残る |
| 2|ツールの操作研修(表計算・BI・生成AI) | 使う場が業務側に用意されていないので、2〜3週間で触らなくなる |
| 3|選抜メンバーにDXリーダー研修 | 肩書きだけが先にでき、業務を変える権限が伴わないため、提案が現場で止まる |
この順番は、学ぶ内容の難易度で並んでいます。研修の設計としては自然ですが、会社の中で「任せられる仕事の順番」とは一致していません。会社側から見ると、1と2の段階では誰にも何も任せていないのです。任されていない人が学んでも、学んだことを試す場所がありません。
順番を、学ぶ側ではなく渡す側から組み直します。
渡す仕事で決める、4つの段
1|変える業務を、1つだけ決める
ここは育成ではなく経営の仕事です。「請求書の作成から発送までを、営業が経理に渡さず完結できるようにする」くらいの粒度まで下ろします。「業務効率化を進める」では、誰も動けません。1つに絞る理由は、複数を同時に始めると、どれも中途半端なところで止まった理由が分からなくなるからです。
2|その業務を、いまやっている人を選ぶ
選抜ではありません。当事者です。ここで「デジタルに強い若手」を選ぶ会社が多いのですが、それが最初のつまずきになります(理由は次の見出しで書きます)。
3|その人に「変えてよい」と決める
研修より先に、これが要ります。 具体的には、どこまでを本人の判断で変えてよいかを、口頭ではなく紙かチャットの文面で決めます。ここが曖昧なまま研修だけ受けさせると、学んだ本人が「これは自分が決めていいことなのか」で毎回止まり、そのたびに上司の時間を使うことになります。
4|横に配る役を、2周目から作る
1つ目の業務が変わったら、その人に2つ目をやらせるのではなく、別の業務の当事者を連れてきて、同じことを1周させます。1人が5つの業務を変えるより、5人が1つずつ変えたほうが、会社としては速く、そして辞められたときに崩れません。
デジタルに強い若手を選ぶと、なぜ止まるのか
これは能力の問題ではなく、順番の問題です。
業務を知らない人が効率化を提案すると、現場から「それは意味があってやっている」と返ってきます。実際に意味がある場合もありますし、単に昔からそうしているだけの場合もあります。その2つを見分けられるのは、その業務をやったことがある人だけです。見分けられないまま提案すると、全部が「現場を分かっていない案」として扱われ、2回目からは話を聞いてもらえなくなります。
ですので順番は、業務側の人にデジタルを教えるであって、デジタル側の人に業務を教える、ではありません。前者は数か月ですが、後者は年単位かかります。
ただし、デジタルに強い若手が要らないという話ではありません。2番目に置くと、いちばん効きます。 当事者の隣で手を動かす役です。当事者が「この作業をなくしたい」と言い、若手が「それならこうできます」と手を動かす。この組み合わせは、どちらか一方に全部を担わせるより速いです。
到達点は「できる」ではなく「決めてよい」で書く
育成計画の到達点は、たいてい「〜ができる」で書かれています。これは測れる代わりに、行動が変わりません。
| よくある到達点 | 言い換えると |
|---|---|
| 表計算の関数を使いこなせる | この集計表の作り方を、上司の承認なしに変えてよい |
| 生成AIで文書のたたき台を作れる | 顧客に出す前の社内資料は、生成AIで下書きしてよい(社外に出すものは確認を経る) |
| 業務プロセスを図式化できる | この業務の手順書を、自分の判断で更新してよい |
| データに基づいて改善提案ができる | 月次の会議に、自分で選んだ指標を1つ持ち込んでよい |
右側の書き方にすると、研修が終わった翌週に起きることが具体的になります。同時に、決めてよい範囲を決めるということは、決めてはいけない範囲も決めるということです。ここも先に線を引いておきます。
- 本人の判断で変えてよい:作業の手順、社内で使う様式、使うツール(会社が許可した範囲で)
- 相談してから変える:他部署の仕事に影響が出るもの、顧客の目に触れるもの、お金の動きが変わるもの
- 変えてはいけない:法令や契約で決まっているもの、記録の保存に関わるもの、承認の経路そのもの
育てる順番を社内で議論するとき、たいてい先に詰まるのは現場ではなく決裁の側です。役員が止めている理由が「怖い」なのか「分からない」なのかで、上から入れるか現場から入れるかが変わります。その見分け方は経営層が分かっていない会社で、研修は上から入れるか、現場から入れるかに書きました。
生成AI研修だけでは、DX人材にはなりません
当社は生成AI研修を提供している側ですが、ここは正直に書きます。
生成AIの研修を受けると、文章まわりの作業は速くなります。議事録、メール、資料のたたき台。ただしそれは「自分の仕事が速くなった」であって、「仕事のやり方が変わった」ではありません。この2つは段が違います。
| 段 | 状態 | ここに届く方法 |
|---|---|---|
| 1 | 道具として使える。自分の作業が速くなる | 研修で届きます。実業務の題材でやれば数回で足ります |
| 2 | 自分の業務そのものを組み替えられる | 研修だけでは届きません。「変えてよい」という権限とセットで初めて動きます |
| 3 | 他人の業務まで設計し直せる | 2を何周かした経験が要ります。短期の研修で作れる状態ではありません |
研修という形で当社がお届けできるのは、1と、2の入口までです。2から先は会社側が権限を渡すかどうかで決まります。ここを研修に期待されると、必ず期待外れになります。研修の選び方そのものは法人向けAI研修の選び方に、部下の側がどこで止まるかは社員がChatGPTを「検索代わり」で止まる理由に書きました。
費用と、助成金という選択肢
社内で育てる場合の費用は、研修費よりもその人が業務を止めて考える時間のほうが大きくなります。ここを見込んでいない計画は、繁忙期に自然消滅します。月1回・60〜90分のように、押さえられる形から始めるほうが続きます。
研修費の部分については、公的な助成の枠が用意されている場合があります。人材開発支援助成金には複数のコースがあり、要件を満たすことで対象になる場合があります。訓練開始日より前に計画届を提出することが要件とされているのが一般的で、実施してから申請することはできないとされていますので、日程を押さえる前にご確認ください。制度の詳細は人材開発支援助成金とはと事業展開等リスキリング支援コースに整理しています。対象になるかどうかの最終的な判断は、管轄の労働局が行います。
効果は数字で出ないので、見るものを先に決めておく
「DX人材が何人育ちましたか」という問いには、答えようがありません。数えられるものが受講者数しかないので、報告すると受講者数になります。それは育成の成果ではなく、実施の記録です。
代わりに、次の4つを見てください。いずれも厳密な効果測定ではありませんが、動いているかどうかは分かります。
- 手順が変わった業務が、いくつあるか。 件数を数えます。ゼロなら、権限が渡っていない可能性が高いです。
- その変更は、本人発だったか。 上から指示された変更ばかりなら、まだ育っていません。
- 変えた後、元に戻っていないか。 3か月後に見ます。戻っているなら、手順ではなく前提のほうに理由があります。
- 他部署から「それ、うちでもやりたい」が出たか。 ここが出はじめると、横に配る段(4段目)に進めます。
ノセカエの場合と、正直に申し上げること
当社は、実業務を題材にした生成AI研修を、座学3割・実習7割で提供しています。そのうえで4点、先にお伝えしています。
- 基幹システムの導入やデータ基盤の構築は行いません。 当社がやるのは、いまある業務を人が回せる形に載せ替えるところまでです。システムの刷新が必要な課題なら、そう申し上げます。
- 全社員に一律で配る形はお勧めしていません。 社内の合意は取りやすいのですが、翌週に何かが変わる確率がいちばん低い形です。誰の、どの業務を変えるかを先に決めていただきます。
- 育てた人が辞める可能性は消せません。 だからこそ、1人に集めず、最初から2人目を隣に置く組み方をご提案しています。それでも消えるリスクではありません。
- 「何を変えたいか」が言葉になっていない段階では、育成の順番も決まりません。 この場合は研修の前に、変える業務を決める場を先に持つことをご提案します。研修を先に入れたほうが社内は動いた気分になりますが、翌月には戻ります。
まとめ
DX人材が採れないのは、条件が悪いからではなく、何をする人かが決まっていないからです。そしてそれが決まるなら、社内の人でも進みます。
育てる順番は、研修の難易度ではなく渡す仕事で決めます。変える業務を1つ決める、その業務の当事者を選ぶ、その人に変えてよいと決める、2周目から横に配る。この4段のうち、3段目を飛ばした計画がいちばん多く、いちばん止まります。研修は3段目の後に置くと効きます。
いまの業務のどれを1つ目に選ぶか、誰に渡すか。助成金が使えるか無料診断では、研修設計の手前にあるこの部分から整理してお返ししています。研修という形にしないほうがよいという結論になるなら、そうお伝えします。研修全体の組み立ては企業研修は何から手をつけるかも併せてご覧ください。
「変える業務」と「渡す相手」を、先に決めます。
1つ目に選ぶ業務、当事者に渡す権限の範囲、助成金が使える可能性まで、研修の設計とセットでご説明します。研修にしないほうがよい場合は、そうお伝えします。
助成金が使えるか無料診断 →※本記事は一般的な実務の整理であり、個別の支給・採択を保証するものではありません。助成金は要件を満たすことで対象になる場合がありますが、申請しても受給が確約されるものではなく、最終的な判断は管轄の労働局・各制度の事務局が行います。制度の要件は年度・改正により変わることがありますので、実際のご検討にあたっては最新の支給要領をご確認ください。労働社会保険諸法令に基づく申請書等の作成・提出代行・事務代理は社会保険労務士の業務であり、当社では行いません。人事評価制度・等級制度の設計や労務管理における法令解釈については、社会保険労務士・弁護士にご相談ください。記載の期間・人数の目安は当社が実務で用いている判断材料であって、基準を保証するものではありません。